豆紙人形母娘展をアートガレーカグラザカにて開催いたします。≪5月23日(水)から27日(日)まで≫
「心の宅急便とは」
 小中高生中心に「いじめ防止と克服」を呼びかける朗読講演活動。「生きる」ことの大切さ、そして「いじめの怖さ悲しさ」を知って欲しい!
 メッセージソングでも問いかける「あなたに贈りたい言葉があります♪」「友だちにならない? このあたたかい言葉をいつまでも忘れない♪」
     
                           心メモ   

 5月13日(日) 「麦っ子畑35周年記念」


マリオネット&みこべ&節子さんと




母の日の5月13日、座間市の「麦っ子畑保育園」は創立35周年記念パーテイでした。 園長先生の「みこべ」こと大島貴美子さんは、十年前、麦っ子畑保育園25周年記念 パーテイで知り合ってから、私の大好きなお友だちです。25周年の記念パーテイの舞台では、東北弁の朗読家として有名な女優の萩生田千鶴子さんが、ポルトガルギターとマンドリンのデュオとして有名なミュージシャン、マリオネットの演奏で朗読をなさっていました。マリオネットのお二人は、私の原作ミュージカル「ゴールド物語」「猫の遺言状」「幸せ猫」の三作の作曲と演奏をお願いした素晴らしい方たちで、私も色んな場面でお世話になっています。
今回の麦っ子畑35周年記念の舞台では、マリオネットの演奏で、一部を私の朗読、二部を萩生田さんの朗読と言う、身に余る大役をみこべに依頼されてしまいました。 マリオネットの演奏で朗読できるなんて機会は、朗読が本職ではない私がお受けするだけでおこがましいのですが、一生に一度くらいは許されるかな?と、「心の宅急便」でも子供たちに朗読している「野良猫ムーチョ」を、いつものように原田節子さんにイラストをスクリーンに投影してもらって読ませていただきました。みこべは35年前、たった一人の赤ちゃんを預かることから始めて、座間の地に「麦っ子畑保育園」の種を蒔き、水をやり麦を実らせて、独自の愛ある世界を築きあげてきました。字を無理やり教えたり、数を数えることを詰め込む預かり方でなく、楽しい時は泥だらけになっても思い切り遊ばせ、音楽や人の話を聴くときは、静かに真剣に聴く楽しさを教え 年長さんが年中さんを、年中さんが年少さんを手を引いて教えたり、泣いてたら涙を拭いてあげたり、そんな思いやりが自然に出来る“子供らしい子供”を育ててきました。
「麦っ子畑保育園」は、園児が卒業しても園を訪れ、小さな弟分妹分を遊びながら見てあげたり、そして大人になって結婚し子供が出来たら、今度は保護者となって子供を園に預けたりと、脈々と続いている麦っ子魂を園長のみこべ、ご主人のノンちゃん、職員の皆さん、保護者の皆さんと共に歩んできています。35年もの長い道のりには数え切れない難問関門、山も谷もあったでしょう。  
みこべと

麦っ子たちと「友だちにならない?」の歌を
でも、園児と保護者を信じるみこべ、そんなみこべを信じて愛する園児や保護者との厚い信頼関係がここまで続いてきた所以であると思います。 一部の終わりには、麦っ子の太陽組と虹組みの年長さんが、一ヶ月前、老人ホーム、デンマークINN小田原でも歌ってくれた、心の宅急便のメッセージソング「友だちにならない?」をまた歌ってくれました。子供たちと一緒に歌えて、とても幸せな一日でした。 麦っ子畑の皆さん、また、会いましょう!

猫日記  

N 「生きかえったニケ」

生きかえったニケ
ずいぶん長い間、猫日記を書かなかった。いや、書けなかった。と言うのも、我が家の家猫ニケが今年の夏を越せるかどうか・・?そんな状態だったのだ。 昨年10月、老猫ネロが19年の生命を閉じた。老衰で亡くなる前の3ヶ月は背骨がゴツゴツ浮き立ち、腹の皮がくっつくほどに痩せていた。トイレに行く時だけよろよろと立ち上がる。だが、一歩二歩と歩くと立ち止まり座り込んでしまう。そのネロの最後と、まだ6歳と言う若い猫のニケが同じ状態になっていたのだ。 一日中、水も餌もほとんど口にせず、目を閉じて部屋の隅にじっとしているだけ。「ニケ」と声をかけても反応もない。このまま死んでしまうのではないかと思うと心配で遠出も出来ない心境だった。猫日記を書ける精神状態ではなかった。
春には4キロあった体重が半分の2キロまで減っていた。艶の消えた毛がパサパサと身体中を覆い、抱きかかえるとまるで生後数ヶ月の赤ちゃん猫のように軽い。腕の中で動く気力もないニケを見ているのが辛かった。2006年秋に我が家に捨てられていた二匹の兄弟猫ニケとトラは、毛皮の柄も性格も頭脳も体格も何一つ似ていない双子の猫だが、ひとつだけ共通点がある。片目が生まれた時から病に冒されている。ニケは右目、トラは左目。ニケの右目は少しは見えているらしいが、トラの左目は、医者に「このまま置いていると腐ってしまうので眼球を抉り取らねばならないかもしれない」と言われたほどの重症だった。毎日医者に通い、日に何度も目薬を差してどうにか手術をしないまでに回復したが、今もって全くトラの片目の視力はない。

夏前のニケの後姿


二匹で一匹 クリスマスの夜のニケトラ
だが、生まれた時から右目しか見えないトラにとってはそれが普通であるらしく、本人、いや、本猫は全く不自由を感じてはいないらしい。そして、片目の視力がない以外トラはとても健康で、身体も大きくこの6年間、病気一つしていない。一方、トラと違って小柄で女の子のような可愛い容貌を持つニケは、生まれながらにして「癲癇」と言う持病を持っていた。拾って二ヵ月後、ある日突然椅子の上からドタッと転げ落ち、断末魔のような声をあげたかと思うと、バタバタ苦しげに空を手足が掻き毟った。
ほんの2,3分くらいの時間だったが、そのもがき苦しむ姿を初めて見た時、なんと長く感じたことか!見ていて心臓が痛くなるほどに驚愕したものだった。 やっと痙攣が治まったニケを獣医の元へ連れて行って診てもらうと「癲癇ですね。猫や犬は治りません。一生ものです。死ぬまで薬を飲み続けるしか治療の方法はありません」と言われた。それ以来、長い時でも一ヶ月、短いときは一週間の間隔でニケは死ぬかと思うような苦しげな痙攣をくり返している。朝に夕に薬を飲み、目薬は日に三回。生まれつきの持病があるから身体も弱く、膀胱炎にもよくなるし、尿道結石にもなる。そしてその度に大嫌いな薬が増える。 「お前、辛いね・・・生きてることが辛いね・・」そんな風に思えて声をかける度に涙が出たりする。それでも痙攣がない時は元気にしていたのが、今年の春を過ぎた頃、薬の副作用かまるでシンナーを吸ったみたいによろつくようになった。どんどん体重が減っていき、餌を口にしなくなり、水も舐めるくらいしか飲まなくなった。それでいて痙攣は毎週一回はやってくる。時々、三日おきに痙攣が始まる時がある。 「痙攣の度に脳細胞が死んでいきます。長い痙攣の時は危険ですからすぐ知らせてください」と医者に言われていた。何時その日が来るのかと恐ろしかった。
ニケが生きかえった!薬をこんなに飲んでも痙攣の間隔が広がらないなら、せめて薬を少なくして楽にしてやろう・・そう思って秋に入ってから医者に内緒で薬の量を半分にしてみた。全部止めるのはちょっと勇気がなかったので半分にしてみたのだが、どうやらそれが効いたらしい。少しずつ少しずつニケに食欲が戻ってきた。少しずつ少しずつ体重が戻ってきた。少しずつ少しずつ元気が出てきた。少しずつ少しずつ動きが速くなった。痙攣が無くなることはないが、それでも、一週間おきが十日おきくらいに間隔が広がってきた。 そしてクリスマスの夜には、元の姿に戻ったニケとトラが、幸福そうに寄り添っていた。
MERRY CHRISTMAS!!



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六十代に入ってから今までと違った道「心の宅急便」活動を始めた著者のやろうと思えば何時からでも出来る“人生のヒント”家族との付き合い方、他人や社会との付き合い方、人生の夢と希望の掴まえ方など。
人生は挑戦、人生は変えられる、今日が始まりをテーマに元気と勇気が湧く本。
          編集担当  藤波定子
 
 


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小さな紙人形でパリを驚嘆させた目の不自由な老婆と、いじめを優しさで克服した愛娘。          
いま、著者の語る「心の宅急便」が感動の輪を広げる!        
 元駐フランス日本大使 平林 博氏推薦
 

朗読風景
         「心メモ」
 
 1月 3日 謹賀新年
   5月13日「麦っ子畑35周年記念」

      
         「猫日記」
@ 犯人は誰だ?!
  
A 外猫オソノ
B オソノ婆さんの正体
C 美猫ムー
D 白い季節に来た白い猫
E ムーよ、お前、何時の間に!
F 二ケトラ物語
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H 病気持ちの兄弟猫 
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L 早渕川の猫たち〜「地域猫 ブルー」(1)
M 早渕川の猫たち〜「地域猫 ブルー」(2)
N 生きかえったニケ


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